QRコードとA Course in Miracles 

このブログの左側にQRコードを表示しました!

というわけで、カメラ付ケータイをお持ちのかた
併ブログをぜひ通勤、通学のお供に〜。

QRコード、
実はイギリスにはほとんどなないのです。
私の知る限りでは、皆無でした。
(半年前までの話だけどね)

なので、帰国してケータイを買ったとき
QRコードをどう使うか
よくわかんなくて困りました(苦笑)。

でも、できるようになると
すっごく便利!
ケータイで字を打たないで済む〜。

こういう「あったらいいな」みたいな
「相手を察して、かゆいところに手の伸ばしてあげる」ビジネスって
日本人の得意分野とするところのような気がします。

でも、この頃「察し」疲れしているのかな?という気も。
(あくまでも私の周囲を見回した印象だけどね)

特に、職場や学校など、社会的人間関係のなかで
「察し」だらけになっていて
逆に家庭や親しい友達の間では、もう
「察しだの、気遣いだのなんかやってられるか〜!」みたいな
感じがします。

あと「相手のかゆいところに手を伸ばす"べきだ"」
という思いこみがあって
だから、
自分のかゆいところに相手の手が届いてくれないと
「なんて冷たい人なの!」とか「気の回らない奴」と
キレちゃったりしてね。

A Couse in Miraclesに
(タモリさんの回に引き続き:(笑)
「抑圧」と「投影」という考え方があるそうです。

ホントは、
「相手のことを察して
かゆいところに手を伸ばしてあげる」なんてことは
あんまりしたくないんだけれど
「相手のかゆいところに手を伸ばす"べきだ"」と思って
ぐっとこらえて、手を伸ばしてあげている。

ーこれが「抑圧」。

「ほんとはやりたくな〜い」という欲求を
ぐっと押さえ込んでいるから
実際にやってない人に出くわすと
怒りを感じたり、
「そりゃおかしいだろう?」と相手にぶつけたりしちゃう。

ー これが「投影」。

勝手に察して、勝手に決めつけて、勝手に落ち込んだり。
勝手に察してもらうことを期待して、
勝手に裏切られたと思いこんで、勝手に怒ったり。

疲れる(笑)。

「かゆいところに手が届くこと」に気を回して
いろいろ察してみたり、あーだこーだと考え込えこんだり
してしまいがちだけど、
率直に
相手が望んでいることを、確認したり
自分が望んでいることを、相手に伝えてしまうと
案外とコトは簡単に進んだりすることが多いなと
最近思います。

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